大分地方裁判所 昭和56年(ワ)271号 判決 1985年12月09日
原告
永田精一
右訴訟代理人
向井一正
被告
山田孝行こと
朴孝行
右訴訟代理人
横田聰
主文
被告は、原告に対し、金二五一三万三四〇六円及びこれに対する昭和五六年七月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。
この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の越旨
1 被告は原告に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和五六年七月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
被告は、高知市南はりまや町一丁目七番二一号においてパチンコ店「ニューはりまや」(以下「本件パチンコ店」という)を経営している者であり、原告は、被告に雇用され同店に勤めていたものである。
2 事故の発生
被告は、昭和五〇年八月三〇日午後九時三〇分ころ、同店二階八畳間で、同店従業員山中淳一(当時一八歳)を、眉を剃るなど従業員としての態度が悪いと叱責し、謝罪する同人に対して足蹴にする暴行を加えたところ、同人は激昂し、同所から飛び出していつた。その後山中は、同店外で被告に抗議して暴れまわつていたので、原告は、店の信用にかかわると思い、同日午後九時四〇分ごろ、山中をなだめるべく店外へ出たところ、同人に背後から鉄柱で頭部を殴打され、頭部外傷、脳内出血、脳挫傷の傷害を負つた。
3 責任原因
(一) 安全配慮義務違反
被告の経営する本件パチンコ店は労働基準法の適用事業所であるから、被告は、同店の物的設備ばかりでなく、その人的構成である従業員についても、他の従業員の生命及び身体に危険を生じさせないよう注意、配慮する義務(安全配慮義務)を負つている。しかるに、被告は、前記のとおり謝罪している山中を足蹴にして激怒させ、その理性を失わせて人に危害を及ぼす凶器をもつて暴れさせ、被告の職務を執行中の原告に危険を招来させたものであるから、被告の右行為は安全配慮義務に違反したものである。
(二) 使用者責任
山中は、本件事故当時被告の従業員としていわゆる表廻りの仕事を担当していたところ、本件加害行為は被告の事業の執行につきなされたものであるから、被告には民法七一五条の使用者責任がある。
4 損害
(一) 逸失利益 金五三一一万円
原告は、本件事故当時三三歳(昭和一七年八月二三日生)で、中学校卒業の学歴を有する健康な男子であつた。ところが、本件事故による前記各傷害のため、左上下肢機能全廃及び外傷性てんかんの後遺障害を負い(症状固定は昭和五三年六月三日)、全く就労することができなくなつた。原告は本件事故に遭わなければ六七歳までは就労が可能であつたと考えられるので、原告の逸失利益を小学、新中学卒業者の平均給与額(賃金センサス昭和五二年第一巻第一表)に基づき、かつ、新ホフマン式(二九年の係数一七・六二九三)によつて中間利息を控除して計算すると、次のとおり合計金五三一一万円(千円以下切り捨て)となる。なお、昭和五四年七月までは被告から給料の支給を受けている。
昭和五四年八月から昭和五五年一二月分
(一八万八〇〇〇円×一二+五一万六七〇〇円)÷一二×一七=四二二万九四〇〇円(誤算あり)
昭和五六年から昭和八四年分
(一八万八〇〇〇円×一二+五一万六七〇〇円)×一七・六二九三=四八八八万〇七六〇円
右合計金五三一一万円(千円以下切り捨て)
(二) 慰藉料 金一五〇〇万円
原告は、本件事故による傷害の治療及び後遺障害の治療等のために、これまで長期にわたり各地の病院に入、通院を繰り返さなければならなかつた。ことに、外傷性てんかんの後遺障害は、てんかんの大発作を予防するため一生涯にわたつて薬を服用する必要があり、その副作用を防ぐため年三回程度CTスキャン検査、血液検査、脳波検査等をうけなければならないので、一生涯通院治療を要する。実際昭和五九年一二月二日にもてんかんによる大発作があつたがこのような大発作はいつ、どこで起きるか予想がつかず、急に発作がありその場に倒れるので、場所によつてははなはだ危険であり、また身体的苦痛も伴う。さらに、原告は本件事故の後遺障害のため妻からも愛想をつかされ、ついには離婚するに至つている。これらの事情を斟酌すれば、原告が本件事故によつて被つた精神的苦痛に対する慰藉料は、金一五〇〇万円を下ることはない。
よつて、原告は被告に対し、前記安全配慮義務違反または不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき、右損害額合計金六八一一万円の内金五〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達日であり本件事故後である昭和五六年七月七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否と被告の主張
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、山中が被告の従業員であつたこと、被告が被告方二階八畳間で山中を叱責し、同人を足蹴にしたこと、同人がその場から飛び出し行つたこと、山中が原告に傷害を与えたことは認めるが、その余の事実は否認する。
3 同3(一)の事実のうち被告の経営するパチンコ店が労働基準法の適用事業所であることは認める。被告が安全配慮義務に違反したとの主張は争う。雇傭契約にともなう使用者の安全配慮義務は、労働災害の最低基準を守るだけではなく、快適な作業環境の実現と労働条件の改善を通じて労働者の安全と健康を確保する配慮を要請しているものではあるが、職場における一切の災害につき使用者に無過失賠償責任を課したものではない。本件において、被告には、山中を叱責し足蹴りにした際、本件のごとき偶発的事故が発生することは予見不可能だつたものであるから、被告には過失がない。また、被告の前記行為と原告のうけた傷害との間には相当因果関係も存しない。
4 同3(二)の事実のうち山中が被告の従業員であつたことは認めるが、本件加害行為が被告の事業の執行につきなされたものであることは否認する。
5 同4(一)の事実のうち、原告が昭和一七年八月二三日生れであることは認めるが、原告の症状固定時期は否認する。右は遅くとも昭和五二年七月末日である。また、逸失利益を抽象的な平均労働賃金に基づいて算定することは争う。原告は、本件受傷当時有職者であつたから、その現実の収入をもつて事故前の労働能力が有形的な形であらわれたものと評価し、これが将来も継続する蓋然性があると考えるのが相当であるから、逸失利益の算定は現実の収入に基づいて行うべきである。特に、本件のごとく原告の現実の収入が平均賃金に比して著しく低い場合には、無批判に平均賃金を採用すべきではない。
6 同4(二)の事実のうち慰藉料額は争う。被告は、本件事故以前である昭和四七年ころから原告の生活を援助してきたし、本件受傷後も親族として力の限り治療、その他損害のてん補に努めてきたのであるから、慰藉料額の決定にあたつては、この点を十分に考慮すべきである。なお、原告は離婚による慰藉料まで被告に請求しているが、原告夫婦は本件受傷後原告が妻の弟である被告のためにけがをさせられたとひがみ、とかく勝手な振舞が多く、さらに原告の家族も「もとの身体にしてかえせ。お前の兄弟の身代りになつた。」等と妻菊枝につらくあたつたため離婚に至つたもので、被告にはなんら責任はない。
三 抗弁
1 消滅時効
仮に被告に原告主張の不法行為による損害賠償責任があるとしても、原告の症状は遅くとも昭和五二年七月末日に固定していたものであり、右時点で原告は損害を知つたものといえるところ、右の日から既に三年を経過しているから、右債務は時効消滅したというべきであり、被告は右時効を援用する。
2 弁済等
(一) 給料名目による弁済 金八〇五万円
本件事故当時の原告の給料は月額六万円であつたが、被告は、受傷により就労不能の状態にあつた原告に対し、本件事故後も給料名目でしかも従前より増額して次のとおり合計八〇五万円を支払つた。これは給料名目で原告の被つた損害をてん補する趣旨のものであつた。
(1) 昭和五〇年九月一日から昭和五二年五月末日分 月額二〇万円 合計金四二〇万円
(2) 昭和五二年六月一日から昭和五三年一二月末日分 月額一五万円 合計金二八五万円
(3) 昭和五四年一月一日から同年一〇月末日分 月額一〇万円 合計金一〇〇万円
(二) 内払金 金三〇〇万円
昭和五〇年九月一日金五〇万円、同月三日ころ金五〇万円、同月五日金一〇〇万円、同年一〇月一日金一〇〇万円。
(三) 被告は、原告が第三者に対して負担する債務につき次のとおり合計金三三七万円を立替え支払つた。これは、被告が原告に対し支払うべき損害賠償金を原告の承諾を得て第三者に支払つたものである。
(1) ソウルにおける治療費等諸経費 金一五〇万円
(2) 亀山市における治療費等諸経費 金七五万円
(3) 名古屋市における治療費等諸経費 金六二万円
(4) 各病院におけるマッサージ費用 金五〇万円
(四) 原告が第三者から賃借し、焼肉店を経営していた高知市南はりまや町一丁目の家屋の借家権は、譲渡の方法がなく無価値であつたにもかかわらず、被告はこれを原告から譲り受けてその対価として一五〇〇万円支払つた。無価値なものに一五〇〇万円支払つたのは原告の損害をてん補する趣旨であつた。
(五) 被告の親族が支払つたもの 金五七〇万円
(1) 山田スミ子支払分
昭和五〇年九月一〇日金一〇〇万円、同月二三日金五〇万円、同年一一月二八日金五〇万円、昭和五三年九月二一日日金一〇〇万円
(2) 山田英一支払分
昭和五〇年九月五日金五〇万円、同年一〇月三日金三〇万円
(3) 山田浩支払分
昭和五〇年一〇月一八日金三〇万円
(4) 山田明緒支払分
昭和五〇年九月七日金五〇万円
(5) 山田文子支払分
昭和五〇年九月一日金三〇万円、同年一〇月二日金二〇万円
(6) 山田トミエ支払分
昭和五〇年九月四日金三〇万円
(7) 福田光男支払分
昭和五〇年九月二日金三〇万円
(六) 労災保険給付金 八一九万九六二九円
原告は、労災保険から、(1)休業補償給付金二二万七三七四円、(2)障害特別給付金一七六万円、(3)障害年金のうち昭和五八年八月五日までの支給金四三五万四二五五円、昭和六〇年八月までの支給金一八五万八〇〇〇円の各給付を受けているので、損害賠償金から控除すべきである。
3 過失相殺
次に述べる事情を考慮すると、本件事故の発生につき原告にも過失があるので、少なくとも損害額の五〇パーセントを過失相殺として半減するべきである。
(一) 加害者である山中は本件事故の一週間前である八月二四日雇入れたものであるが、原告は、被告のマネージャーとして、従業員の雇入れに際し人相、風体が被告方の従業員にふさわしいか、身元に疑わしい点はないか等につき十分留意したうえで使用者たる被告に雇入れ方を進言すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、山中が同伴した女性が当時原告の妻が経営する焼肉店の女店員として必要であつたため、山中を本件パチンコ店の従業員として雇入れてもらうのが都合がよいとの考えから、漫然被告に雇入れを進言したものである。仮に原告にマネージャーとしての実質的な義務がなかつたとしても、右事情により山中の雇入れを仲介したのであるから、少なくとも前同様の注意義務があるのにこれを怠つた。
(二) 山中は眉を全部そり落とす等風体も悪く、態度も粗暴で仕事をせず、被告の注意にも素直に耳を傾けず、ふてくされた状態だつたから、原告は、マネージャーないしは紹介者として被告方の従業員にふさわしい勤務態度をとるよう注意すべき義務があるにもかかわらず、これを怠つたものであつて、原告が然るべき処置をとつておれば、被告が更に原告を叱責する必要もなかつた。
(三) 本件事故に先立ち、原告は、山中には市販の頭痛薬一箱分を一度に服用する等異常な行動があり、その精神状態が正常でなかつたことを知りながら、従業員の監督にあたるマネージャーとしての義務に背き、山中の右行為を制止せず、また被告に報告さえしなかつたものである。もし被告が右事情を了知しておれば、山中に対する態度もより慎重になり、本件の端緒となつた暴行も避けられたはずである。
(四) さらに、原告は、山中が右のとおり正常な精神状態でなかつたことを知りながら、不用意に同人に近づき受傷したものである。
(五) 山中は、本件事故以前に同僚から、「原告はこわい。一回袋だたきにあつたことがある。三か月一緒に仕事をしよつたらわかる。うそと思うんなら他の人に聞いてみよ。」と聞かされており、原告の平素の粗暴な行動に畏怖していたものであつて、これが本件事故発生の直接の原因であつた。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実は否認し、主張は争う。原告の症状固定は、前述のとおり昭和五三年六月三日である。
2 同2(一)の事実中、原告主張金額のうち昭和五〇年九月一日から昭和五三年一二月末日まで月額一五万円、昭和五四年一月一日から同年七月末日まで月額一〇万円の各支払いを受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。
3 同2(二)の事実はすべて否認する。
4 同2(三)の事実のうち(1)は否認し、(2)は入院費一六万五九八七円、付添費一二万一五〇〇円のほか入院諸雑費及び交通費を被告が立替えたことは認めるが、右は右各費目にすでに充当ずみのものである。その余の金額の支払いは否認する。(3)のうち大部分は被告の母親山田スミ子とその友人松村某の分である。原告分は右治療費に充当ずみである。(4)の金額は知らない。被告出捐分はマッサージ費用に充当ずみである。
5 同2(四)の事実のうち、被告がその主張にかかる借家権を一五〇〇万円で購入したことは認める。これは、正当な売買代金であつて被告主張のごとく損害賠償としてなされたものではない。
6 同2(五)の事実のうち、原告が山田スミ子から金一〇万円、山田英一から金二〇万円、山田明緒から金一〇万円、山田浩から金一一万円、福田光男から金五〇〇〇円の支払いを受けたことは認める。しかし、右各金員の支払いはいずれも見舞金として同人らから原告に贈与されたものであり、損害賠償金に充当されるべきものではない。
7 同2(六)の事実のうち(2)(3)の各給付を受けたことは認める。
8 同3の各注意義務の存在及び過失相殺の主張は争う。同(一)の事実は否認する。原告は被告の一店員にすぎずマネージャーではなかつた。また、本件パチンコ店では年中従業員募集の看板を出しており、被告は店員に対し求職者があればこれを取り次ぐよう指示していた。原告も、これに従つて山中に対し店舗二階へ上つて被告の面接を受けるよう指示したにすぎず、雇入れの進言をしたものではない。山中の採用は被告が面接のうえこれをなしたもので、原告は採用に関与していないのである。同(二)の事実は否認する。同(三)の事実は知らない。同(四)の事実のうち原告が山中に近付いたことは認める。原告は、山中が店舗前で大声を出している状態を客等に見られ店の信用を失うことを恐れ、かつ、山中が被告に対して報復することを恐れて山中を宥めようとしたものであるが、同人の感情が静まらなかつたため店内に引き返そうとして本件受傷に至つたもので、原告にはなんらの落度も存しない。同(五)の事実は否認する。
第三 証 拠<省略>
理由
一請求原因1の事実及び同2の事実のうち山中淳一が被告の従業員であること、被告が被告方二階八畳間で右山中を叱責し同人を足蹴にしたこと、同人がその場から飛び出していつたこと、山中が原告に傷害を与えたことは当事者間に争いがない。
右当事者間に争いがない事実に、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
1 原告は、昭和四五年に被告の実姉朴菊枝と結婚し、昭和四七年秋ころ、大分市内で営んでいた中華料理店をたたみ、妻の一族を頼つて愛媛県八幡浜市へ移り、夫婦で焼肉店の経営を始めたが、原告自身は経営には殆んど協力せず、パチンコ遊技等に耽つて、妻菊枝が右焼肉店を殆んど切り盛りしていた。そのころ、パチンコ店を経営する被告が、高知市南はりまや町一丁目七番二一号に本件パチンコ店を開店して人手を必要としていたことから、単身高知市に赴き、以来右パチンコ店に勤務するようになつた。その後、菊枝も高知市内に転居し、被告の資金援助を受けて右パチンコ店の近隣で焼肉店を始め、原告も、パチンコ店での勤務の傍ら、時々は右焼肉店の手伝いをしていた。原告は、被告の親族ということもあつてか、右パチンコ店では従業員からマネージャーと呼称され、事実上店員の指導管理、苦情の取り次ぎ等の職務を担当していた。
2 本件事故の加害者である山中淳一は、その女友達を伴い、昭和五〇年八月二四日ころ、前記パチンコ店の従業員を介して、原告に対し、右パチンコ店の店員として採用してほしい旨申し入れてきた。原告は、当時原告の妻の経営する前記焼肉店の女店員が欠員であつたことから、右山中のつれてきた女性を焼肉店で雇い入れ、山中を被告方に雇い入れれば好都合と考え、同人の身上関係、仕事に対する熱意、適応性等について特に考慮せず、被告に山中の採用方を進言したところ、被告はこれを了承して山中を雇い入れ、店内を見まわり客の世話をするいわゆる表廻りの仕事につかせた。ところで、山中は髪を長く伸ばしてパーマをかけているなど風体が悪かつたため、被告は、山中に対して髪を短く切るよう指示していたところ、従業員らから右山中が依然散髪をしておらず、仕事ぶりも不良である旨報告を受けたことから、昭和五〇年八月三〇日夕刻、山中を右パチンコ店店舗二階にある被告の居室に呼んで注意した。この時は、山中は素直に右注意を聞いていた。
3 被告は、さらに同日午後九時二〇分ころ、再び山中に注意をしようと考え、原告を通じて山中を被告の前記居室に呼びつけたところ、山中が被告に対して反抗的な態度を示したため、これに立腹し、いきなり正座している山中の顔面をひざでけりあげた。山中は被告から暴行を受けたことに激昂し、前記店舗からとび出していつたが、憤まんやるかたなく、右パチンコ店をやめる決心をすると共に、被告に対して意趣がえしをすることを思いたち、従業員らの抵抗を予想し、これを排除するため、たまたま付近にあつた長さ約七〇センチメートルの鉄棒を携えて本件パチンコ店店舗前に引き返し、「社長でてこい」等と大声で怒鳴り、暴言をはく等していた。原告は、山中の右暴言、怒声を聞き、店舗前でこのような大声を出されると店内にいる客に聞こえ店の信用にもかかわると考え、同人をなだめるため店外へ出て同人に近づき、「馬鹿なまねはよせ。こつちへこい。」等と同人をいさめようとしたが、山中がなおも前同様の暴言をはき続けたことから、同人を説得することをあきらめ店舗内に引き返そうとしたところ、山中は、腹立ちまぎれに原告に対しその背後から右鉄棒を投げつけ、これを原告の右側頭部に命中させ、原告に右側頭骨開放性骨折、脳挫傷、脳内血腫等の傷害を負わせた。
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
二安全配慮義務違反について
いわゆる安全配慮義務違反の法理に照らし、これを本件に則して考えると、使用者はその組織体を構成する人的要素について定型的に他の従業員に危害を及ぼしうるような危険性のある者を選任配置してはならないのみならず、各従業員を指導監督し、懲戒その他の処遇をなすにあたつては、就業規則等の社会的規範にのつとり、社会的に相当な範囲、方法でこれをなし、右範囲を著しく逸脱した処遇等によりいたずらに当該従業員の反発、過剰反応を誘発し、その結果他の従業員に危害が及ばないよう注意する義務があるというべきである。
そこで以上の見地にたつて本件をみるに、前記認定事実によると、まず、本件事故に遭遇した際、原告は勤務時間中に勤務場所である店舗前で店の信用に傷がつくことを慮つて、暴言をはく山中を制止しようとしていたものであるから、原告は被告の職務を執行中であつたというべきである。そうして、被告は、被傭者である山中を懲戒するに際して、いきなり正座している山中の顔面をひざでけりあげたものであるが、いかに山中につき勤務態度不良等の非違行為があり、当夜反抗的な態度を示したとしても、無抵抗な被傭者に対して右のような暴行を加えたことは、それ自体懲戒権の範囲を著しく逸脱した所為といわざるをえないところである。そして、一般的にみて、右のような暴行を受けた者が、憤激のあまり報復を企だてる等反発し、過剰反応を起こし、ひいては他の従業員がその巻添えにあうことも十分予見しうるところであるから、被告には被傭者である原告に対するいわゆる安全配慮義務の不履行があつたものといわなければならない。そして、前記一の2及び3に認定の事実経過からすると、被告において山中を懲戒する際に前記のような安全配慮義務を履行しておれば、本件事故の発生は未然に防止しえたものというべきであるから、右事故は被告の安全配慮義務の不履行によつて発生したものということができ、被告は右事故によつて被害を被つた原告に対しその損害を賠償すべき義務がある。
よつて、その余の責任原因について判断するまでもなく、被告は原告に対し後記の損害を賠償する義務がある。
三損害について
<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
1 原告は、前記頭部外傷等の傷害を負い、昭和五〇年八月三〇日から同年一一月二九日までの間高知市の近森病院に入院し、開頭手術等の治療を受け、その後、左側の手足に生じた片麻痺に対する機能回復訓練等のため、右近森病院、松山市の松山リハビリセンター、高知市の高知十全病院に入、通院を重ねたが、遅くとも昭和五二年七月ころには症状固定の状態に達し、その後は左性麻痺(このため左上下肢の用を全廃した)及び外傷性てんかんの後遺障害が残つた。
2 原告は、左性麻痺の軽快を期待し、あるいはてんかん発作を抑えるため、高知市の長尾神経クリニック医院、三重県亀山市の成田外科、松山市の貞本病院、大分市の大分中村病院に入、通院を繰り返した。ことに、外傷性てんかんの後遺障害は、てんかん発作を抑えるために医師の処方する抗てんかん剤を一生涯服用する必要があり、医師による定期的な検査も必要とする。しかし、抗てんかん剤を服用し続けても、完全にてんかん発作を抑えることはできない。
3 原告は、左上下肢機能全廃の後遺障害に対し、身体障害者福祉法施行規則別表第五号の身体障害者障害程度等級表二級、労働基準法施行規則別表による障害等級第四級に各該当するとの認定を受けている。右後遺障害に加えて外傷性てんかんの後遺症もあるため、原告は極めて限られた軽易な労務を除いては就労できない状態にある。
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
四そこで、具体的な損害額について検討する。
1 逸失利益について
<証拠>によると原告は本件事故当時被告から月額六万五〇〇〇円の給与の支払いを受けていたことが認められ、右認定に反する<証拠>は右採用証拠に照らし措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。尤も、原告は、妻と共同経営する焼肉店からの収入をも主張するようである。しかし、<証拠>によれば、右焼肉店は、専ら原告の妻菊枝において、被告の資金援助をえて本件パチンコ店に隣接して開店し、経営していたものであること、原告は主として本件パチンコ店で稼働し、右焼肉店についてはわずかに時々肉の仕入れや店内のそうじを手伝う程度で、その経営に関心をもたず、菊枝も原告の助力をあてにせず必要な人員を雇用確保して自ら同店の維持発展に努力していたこと、原告の収入は低額であり、その生計は実質上妻菊枝の右焼肉店からの売上げに依存していたことが認められる。右事実によると、右焼肉店経営についての原告の具体的寄与度を考慮するまでもないものと考える。
そうすると、本件事故当時の原告の明確な収入は被告から得る月額金六万五〇〇〇円の給与のみであつたものと認める。しかしながら、将来の逸失利益の算定に当つては、右収入が当時の一般労働者の平均給与額(昭和五〇年賃金センサスによる産業計、企業規模一〇ないし九九人、小学・新中卒男子労働者の平均給与月額は金一六万六八五〇円である)に比してかなり低額であり、また原告は後記のとおり依存していた妻と離婚していることや勤労意欲を有していなかつたわけではないこと等を考慮すれば、原告の将来の収入については、右の平均給与月額金一六万六八五〇円をもつて損害算定の資料とするのが相当と考える。
右により、本件事故日から前記症状固定日までの間(二三ケ月)は、月額金六万五〇〇〇円の収入をあげ得たもの、同固定日の昭和五二年七月以降は月額一六万六八五〇円の収入をあげ得たものと推認する。他方前記認定の後遺障害の程度に鑑みると、原告は、前記傷害の症状固定後は、その労働能力の九〇パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。そこで、原告の請求する昭和五四年八月以降の逸失利益を、新ホフマン式(二年の係数一・八六一四、三二年の係数一八・八〇六〇)により民法所定の年五分の割合による中間利息を控除して、右症状固定時の現価に引き直すと、金三〇五三万三八二九円となる。
(一六万六八五〇円×一二月)×〇・九×(一八・八〇六〇―一・八六一四)=三〇五三万三八三〇円
2 慰藉料について
本件の各後遺障害の重大性、深刻性、更には日常生活においても種々の制約が推認されること等を考慮すると、本件事故により原告の受けた精神的苦痛は甚大なものがあるといわなければならない。
しかし一方で、後記五、2の(四)及び(五)に判示するとおり被告及びその親族において、本件事故後種々の名目で原告に援助を与え、懸命に原告の治療や機能回復、生活全般の援助を与えてきたこと等の諸事情を勘案すると、慰藉料として六〇〇万円が相当である。
なお、原告は妻菊枝と離婚に至つたのも本件事故が原因であるとして、本件慰藉料額の決定にあたりこの点も考慮すべき旨主張する。しかし、原告本人尋問の結果及び証人朴の証言によると、菊枝は、本件事故後被告の援助を受けながら原告の治療及び機能回復のため全力を尽し献身的に看護に努めてきたものであるが、原告はこのような菊枝の心情に思いをいたさず、菊枝の兄弟の犠牲になつたとして同女につらくあたることがつづき、ついに原告と菊枝との婚姻関係は破綻するに至り、事故後約六年を経過した昭和五六年七月六日離婚の届出をなすに至つたことが認められる。右の経緯に鑑みると、本件事故と右離婚との間には相当因果関係が存しないというべきであるから、原告の主張は採用しがたい。
3 過失相殺の主張について
被告は、本件加害者山中を、前記一の1に認定の事情により雇い入れたが、原告は、その際同人の身上関係や仕事に対する熱意、適応性等を十分調査検討することなく漫然被告にその採用方を進言し、その結果被告は山中を採用するに至つたものであるし、その後、山中の仕事ぶりが不良で風体も悪かつたにもかかわらず、相応の注意もしなかつたものである。しかも、証人朴の証言によれば、原告は、山中が市販の頭痛薬を多量に服用するという奇異な行動をとつたことを知りながら、特段の配慮もしないまま過ごしたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右認定のような原告の山中採用に際しての関与の経緯、態様等に照らしてみると、原告にも本件事故発生につきその責任の一端が認められなくはないが、他方原告はマネージャーと通称されてはいたものの、本件パチンコ店で他の従業員に関する特段の権限や職責があつたわけでもないから、右の落度をもつて本件過失相殺の理由とすることはできない。また、被告は、原告には山中に不用意に近づいた落度があるとも主張するが、原告が山中に近づいた経緯は前記認定のとおり、被告に暴行を受けて激昂し暴言をはく山中を諫め、説得しようと考えて近づいたもので、右説得を断念し、店舗内に引きあげようとした矢先、突然背後から鉄棒を投げつけられて負傷したものであるから、右経緯に鑑みると、原告に落度があるとはいいがたく、この点についても本件過失相殺の理由となし難い。
4 以上によれば、原告の損害額は合計金三六五三万三八三〇円となる。
五被告の抗弁(既に判断した過失相殺の主張を除く)について検討する。
1 消滅時効
本件においては、前記認定のとおり、被告は、原告に対し、安全配慮義務違反を責任原因として、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務を負つているところ、原告はこれを債務不履行に基づく損害賠償として請求しているのであるから、その消滅時効期間はその権利を行使しうべき時から一〇年間であり、本訴が昭和五六年五月二日に提起されたことは記録上明らかであり、本件事故の発生は前記認定のとおり昭和五〇年八月三〇日であるから、消滅時効の起算日を仮に本件事故の日と考えても、未だ一〇年間の時効期間を経過していないことは自明であり、本件抗弁は失当である。
2 弁済等について
(一) 給料名目による弁済について
被告が原告に対し、給料として昭和五〇年九月一日から昭和五三年一二月末日まで月額一五万円、昭和五四年一月一日から同年七月末日まで月額一〇万円の支払をなしたことは当事者間に争いがなく、右事実と被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、原告は被告に対し、昭和五〇年九月一日から昭和五二年五月末日分として各月額二〇万円、昭和五二年六月一日から昭和五三年一二月末日分として各月額一五万円、昭和五四年一月一日から同年一〇月末日分として各月額一〇万円、以上合計金八〇五万円の支払いをなしたこと、被告は、右支払をもつて給料名目で支払つたものの、実質は原告の被つた損害をてん補する趣旨のものであつたこと、右のとおり、その月々の支払額も、休業中でありながらそれまでの給与の二、三倍にも達していることが認められ、右認定を左右する証拠はなく、右によれば、本件事故当時の原告の給与月額金六万五〇〇〇円を超える部分については、原告の損害に対するてん補として支払われたものと認める。
そこで、右支払額中のてん補部分を算出するに、前記四、1で判示の原告の請求部分を勘案するに、右支払額のうち、支払期間中の原告の給与及び逸失利益については、前記四、1の認定及び算出方式と同様にして計算すると、次の合計金四八四万九二〇五円となる。
(1) 事故発生時から症状固定時の間(二三ケ月)
六万五〇〇〇円×二三月=一四九万五〇〇〇円
(2) 症状固定時から逸失利益として原告が請求する起算日の前日(昭和五四年七月末日)までの間
一六万六八五〇円×一二×〇・九×一・八六一四=三三五万四二〇五円
そうすると、被告の支払つた前記金八〇五万円のうち、給与を超えて損害のてん補として支払われた額は、右の差額の金三二〇万〇七九五円となり、右金額は四の原告の損害額から控除すべきことになる。
(二) 内払金について
被告主張の内払金合計三〇〇万円については、乙第一号証にその趣旨の記載があるけれども、右は単なるメモ程度のものであつて、容易にこれを措信し難く、他に右支払つたことを認めるに足りる証拠はない。
(三) 立替金について
被告が亀山市における治療費等諸経費のうち二八万七四八七円の立替払をしたことは当事者間に争いがない。しかし、原告が本件事故に基づく損害のうち逸失利益及び慰藉料のみを請求する本件においては、右二八万七四八七円の支払金は前記認定の損害額から差し引くべき関係には立たない。また、ソウルにおける治療費等諸経費一五〇万円、亀山市における治療費等諸経費のうち右争いのない部分をのぞく残金四六万二五一三円、名古屋市における治療費等諸経費六二万円、各病院におけるマッサージ費用五〇万円の各立替えについても、その事実を認めるに足りる証拠はないのみならず、右立替えが肯認できても、被告主張の抗弁事実とはなりえないことは、右と同様である。
(四) 借家権の対価について
被告がその主張にかかる借家権を一五〇〇万円で購入したことは当事者間に争いがない。被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、右金員が支払われた際、被告が、原告ら家族や右家屋で経営する焼肉店の経営状態を心配し、本件損害賠償の一部に右支払いを充てる趣旨も含めて、同金額で右借家権の買取をしたものであることが認められ、親族間の情宜に基づいて相互扶助の精神から原告及び被告自身の姉である原告の妻を援助するために買上げたものと認めるのが相当であるし、右金額が適正価格以上で買取られたものと認めうる十分な証拠も存しないから、右買取りによる対価の支出をもつて、本件損害金にてん補されるべき性質のものということはできない。
(五) 親族の支払分について
原告が、山田スミ子から金一〇万円、山田英一から金二〇万円、山田明緒から金一〇万円、山田浩から金一一万円、福田光男から金五〇〇〇円の支払いを受けたことは当事者間に争いがないが、その余の金員が支払われたことを認めるに足りる証拠は乙第一号証のほかはなく、同号証も前記のとおり容易に措信できない。また当事者間に争いのない右金額についても、弁論の全趣旨によると、本件損害賠償の一部に充当する趣旨でなく、親族間の情宜に基づく見舞金として贈与されたものと認めるのが相当である。従つて本件てん補の主張も失当である。
(六) 労災保険法に基づく各種給付金について
被告主張の右抗弁事実のうち、原告が労災保険から障害特別給付金として金一七六万円、障害年金として昭和六〇年八月までに合計金六二一万二二五五円の各給付金を受領したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、右争いのない金額のほかに、労災保険から休業補償給付金一七万〇五八五円及び休業特別支給金五万六七八九円の合計二二万七三七四円の給付金を原告が受領していることが認められ、以上の各種給付金合計金八一九万九六二九円を前記認定の原告の損害額から控除することとする。
(七) 以上により、原告の損害金から差引かれるべき金額の合計は金一一四〇万〇四二四円となるので、同損害金残額は金二五一三万三四〇六円となる。
六以上の次第であるから、被告は原告に対し金二五一三万三四〇六円及びこれに対する右履行の請求を受けた日である訴状送達日の翌日の昭和五六年七月七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
よつて、原告の本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官川本 隆 裁判官原村憲司 裁判官小久保孝雄)